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生化夜話 第26回:ÄKTA™のもう1つの前身 - SMART System

SMART System

ÄKTA™以前に当時のファルマシアが開発したクロマトグラフィーシステムというと、FPLCを思い出される方も少なくないと思います。

FPLC開発にいたる詳細は2007年5月に掲載したFPLC開発秘史を参照。

しかし、FPLC(1982年)からÄKTA™(1996年)にいたる14年の間に、もう1つのクロマトグラフィーシステムが開発されていました。

わからないときは、聞いてみよう

1986年、ファルマシアはLKBを買収しました。LKBはファルマシアと同じくウプサラ大学の技術を製品化することを事業の大きな柱としており(詳細は第15回:ある研究者の信念から生まれた産学連携を参照)、クロマトグラフィー分野ではHPLCを手がけていました。この結果、1982年にFPLCを発売したファルマシアは、HPLC技術も保有することになりました。ちなみに、FPLCはファルマシアの商品名で、HPLCのような技術の名称ではありません。

ファルマシアがLKBを買収した当時、FPLCは世界各国の研究者から高い支持を受け、事業そのものは順調でした。しかし、FPLCの次はどうするか、という点は決まっていませんでした。そこで、ファルマシアとLKBの技術を活用することで喜ばれそうな分野はないか調べることにしました。研究者にいろいろと聞いてみたところ、

  • 生化学者はFPLCよりも高い精度で分取したかった
  • 特に神経伝達物質の研究では少量のサンプルを扱う必要がある
  • 動物実験を減らそうという社会の潮流から、少量のサンプルから無駄なく生体分子を抽出したい

という要望が明らかになりました。

この調査結果を受けて、FPLCを基本骨格としてLKBがもつ分析用のHPLCの技術を分取に応用し、微量のサンプルから目的の生体分子を精製する装置を開発するプロジェクトが、1980年代の終わり頃にはじまりました。

スウェーデンのエンジニア魂

企業の買収や合併というと、企業文化の違いに起因する軋轢の話が出てきそうですが(そして正直なところ、そんな話が出てくるのではないかと筆者も期待して調べたのですが)、プロジェクトメンバーの1人であるヘンリク・ヨーンソンの回想によると、確かにファルマシアとLKBでは企業文化が若干違っていたものの、特に問題は発生しなかったそうです。LKBとファルマシアは人材の交流が盛んであり、両社の多くの社員が1986年の時点で2つの会社ではたらいた経験がありました。また、装置を開発するという点では、スウェーデン的なエンジニア気質、とでもいうべき価値観を共有しており、一緒に仕事をするうえで特に支障はなかったそうです。

では、スウェーデン的なエンジニア気質、というのはどんなものかというと、人によりいろいろ意見はあるかと思いますが、ヘンリク・ヨーンソンの見解では、

  • 課題を特定し解決することを重視
  • 個人よりはチームではたらく
  • チーム内に壁をつくらない

といった特徴とのことです。

さて、このプロジェクトの課題は「微量のサンプルから目的の生体分子を精製する」でした。この課題に基づき、プロジェクトはどのような装置を生み出すことになったのでしょうか。

買収の彼方に

プロジェクトでは装置のハードウェア、ソフトウェア、専用のカラムを開発しましたが、微量精製という目的のために、当時としてはたいへん斬新な工夫が施されていました。

  • ポンプとUVディテクターはFPLC用のものをもとに設計をやり直しました。しかし、UVを利用した普通のディテクターでは光路長が短すぎて少容量の検出に向かないことがわかり、光ファイバーを利用した専用のディテクター(µPeak Monitor)を開発しました。
  • カラムから先の容量を小さくするために、チューブは細いものを使用し、長さも短くなるよう配置を工夫しました。
  • 検出と分取の時間差をアルゴリズム化してコントロールすることで、フラクションコレクターは一定間隔ではなくピークに対応して分取できるようにしました。
  • 異なる種類のバッファーを混合する際、バッファーを供給するシリンダーを開きます。そのときに、シリンダー間で圧力に差があると圧力の低い方のシリンダーに高圧側のバッファーが進入してバッファー組成が変わってしまいます。この問題を防ぐために、与圧して圧力を合わせてからシリンダーを開けるようにしました。
  • 装着したカラムに応じてミックスチャンバーの位置は自動調整されるようにしました。ちなみに、カラムの交換は手動でカラムを付けたり外したりするものでしたが、当初はリボルバー式のカラム交換システムまで検討していました。残念ながら、カラム交換まで自動化するシステムは、装置が複雑・高価になりすぎるので見送られました。

ソフトウェアの面では、質問に答えてゆくとだいたいのメソッドを組んでくれて、ユーザーは細部の調整だけをすれば使えるソフトウェアを開発しました。

結局、「微量のサンプルから目的の生体分子を精製する」ことを目指した結果、ほぼ全てが新しい専用設計の、FPLCよりもかなり高度な装置ができあがりました。この装置はSensitive Manipulation And Recovery Technologyの頭文字をとってSMART Systemと命名され、1990年に発売されました。

苦難の先には・・・

SMARTの残光

SMART SystemはFPLCとはまったく異なるレベルの装置であり、社内の期待は高まりました。開発プロジェクトメンバーは発売記念企画として大きな旗を制作し、スウェーデンの一番高い山の山頂(といっても2000メートルちょっとですが)に立てました。このあたりからも、意気込みが感じられます。

ところが、実際に発売してみると売れ行きが芳しくありません。日本の研究者は繊細で精密な実験を得意としているのか、FPLCとSMARTの販売台数の比率では、日本は北米、ヨーロッパに比べて突出していたそうです。確かに「微量のサンプルから目的の生体分子を精製する」という目的では、当時最高水準の性能を発揮しましたが、その目的がそもそもずれていたのかもしれません。

さまざまな使用例を用意するなどいろいろ努力はしたものの、販売台数の問題がSMART Systemの終焉を決めることになりました。ファルマシアからの注文数が予定より少ないため、機械部品メーカーがパーツの製造をやめてしまったのです。SMART Systemは前述の通り1つの目的に特化し、専用設計のパーツばかりでしたから、代わりのパーツを市場で簡単には調達できませんでした。

そして経験が残った

こうして、SMART Systemは惜しまれながら消えてゆきましたが、SMART Systemの開発プロジェクトはファルマシアに大きな財産を残しました。

質問に答えてゆくことでメソッドを組むソフトウェアは、後のÄKTA™シリーズで使われるウィザードの前身となりました。また、SMART Systemの開発の際に社内の人間にプロトタイプを使わせてビデオで撮影し、どこで間違いを起こしやすいか調査しましたが、この経験からプロトタイプを使ったユーザーテストがファルマシアの製品開発の伝統になりました。

さらに、「プロジェクト」という仕事の進め方について学ぶことが多く、開発から宣伝にいたるまで、全てが鍛えられました。

この経験に基づき、1992年から1993年にかけて、後のÄKTA™シリーズとなる新型クロマトグラフィー装置の開発プロジェクトがはじまることになりました。

SMARTの思い出(2011.12.26追記)

当研究室ではSMARTは「現役」です。私どもでは独自にあるタンパク質を新しく見つけてそれを研究していますが、そもそもSMARTなしには見つからないものでした。部品を自作することになっても維持したい愛着ある機器です。

【大学 Unf3 様】

SMARTの思い出(2011.02.25追記)

1996-2000年頃にSMARTを使用していました。クロマトメソッド作成がとても直感的にわかりやすかった記憶があります。設定されたグラジエントカーブの線を画面上ドラッグ&ドロップすれば簡単に変更できる仕様は、今のソフトにも受け継いで欲しい点です。イベントもやりたい時間のX軸上でクリックすれば簡単に選択入力できた記憶があります。そのとっつきやすさと操作しやすさ、エラーの少なさに、HPLCマスターになった気分でおりました。

なにより、機器自体が白くてコンパクトで場所をとらず、便利な上にかわいらしい印象でした。ÄKTA™のヘビーユーザーの方々でも、SMARTは全く知らない方が多く(GEではなく、メーカーの記憶違いじゃない?と疑われたり)、チョット寂しいです。

【製薬会社、E. H. 様】

謝辞

本稿の執筆にあたり、当時のプロジェクトメンバーであるHenrik Johnsson氏、Kjell Holmberg氏、Nils Stafstrom氏にインタビューを行いました。三氏のご協力に深く感謝します。

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