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生化夜話 第6回:実験材料はビンテージワイン

ビンテージワインの年代測定

前回、炭素の放射性同位体の発見について見てきましたが、14Cと同様に、研究でよく使われる水素の同位体3H(トリチウム)の発見に至る経緯も、14Cに劣らず思い込みや間違いに満ちていました。

とっても便利な重水素

1910年代には、軽い元素の安定な同位体が存在することが予測され、1920年代には重水素の存在も予測されました。そして、実際に重水素を取ってみせたのが化学者のハロルド・ユーリーでした。ユーリーはこの成果によりノーベル化学賞を受賞しました。ただ、ユーリーの手法はというと、重水素を含む水分子(重水)は普通の水分子よりも沸点が高いので、それを利用してとにかく根気よく蒸留を続けて重水を濃縮するという力仕事だったので、あまり効率はよくありません。そこで、かつてユーリーに熱力学を教えてたことのあるギルバート・ルイスが、重水は普通の水よりも少し電気分解されにくいことを利用して重水を濃縮する方法を開発しました。ちなみに、ルイスは原子が電子を共有することで結合する共有結合の存在を提唱したことで知られています。

ルイスと同じくバークレーにいた放射化学者ウィラード・リビーの回想によると、そうやって濃縮した重水でルイスがまず何をしたかというと、マウスに飲ませて、どうなるかを観察したのだそうです。そのマウスがどうなったかをリビーは語っていませんが、重水は健康に悪いそうなので、知らない方が幸せかもしれません。それから、ルイスは同じバークレーにいるサイクロトロンの専門家、ローレンスに重水を渡しました。

ローレンスは人工同位体の生成実験に、ルイスが調製した重水を活用しました。陽子1個と中性子1個からなる重水素の原子核は重陽子と呼ばれ、重陽子に含まれる中性子が、人工同位体の生成に使いやすかったのです。

ローレンスのラボでは、重水から取り出した重陽子を、周期表に従って順番に原子にあててみては、何ができるかを網羅的に調べたのですが、少々不思議なことに、重陽子にさらに重陽子をあてたら何が起こるか、という実験はしなかったようです。

人工トリチウムの生成

重陽子をぶつけてみたら

重陽子同士がぶつかるとどうなるか実験してみたのは、大西洋の向こう側、イギリスのケンブリッジにいる核物理の大家ラザフォードでした。実験の結果、原子量が3の原子が生成され、また陽子と中性子が検出されたことから、(陽子+中性子)+(陽子+中性子)→(陽子×2+中性子=3He)と(陽子+中性子×2=3H)という反応が起こっていると予測されました。しかし、ラザフォードの実験から「こうして1934年のラザフォードの実験によりトリチウムが人工的に生成され、生化学実験にも幅広く用いられるようになりました」、という具合にストレートには進みませんでした。

どういう理由からか、ラザフォードは原子量3のヘリウム(3He)が放射性同位体であり、もう一方のトリチウムは安定同位体だと信じていていました。ラザフォードはノルウェーの企業に大量の重水を電気分解させ、トリチウムを濃縮しようとしました。このことから推測すると、トリチウム(3H)の性質について、ラザフォードは重水素(2H)の延長線上で考えていたのだと思われます。つまり、トリチウムは重水素同様に放射性のない安定同位体であり、水より重い重水が若干電気分解されにくいように、トリチウムを含む水は重水よりもさらに電気分解されにくい、といったところでしょうか。

ノルウェーの企業はラザフォードの指示通りに適切に電気分解を行い、その産物を質量分析装置で分析しましたが、残念ながらトリチウムの存在を証明することはできませんでした。

疑うものは救われる?

3Heが放射性同位体で3Hは安定同位体というラザフォードの考えに疑問をもち、実際に試してみたのは、バークレーのルイ・アルヴァレでした。アルヴァレはローレンスのラボのサイクロトロンから取り出してきた質量分析装置を使って、天然ヘリウムの質量分析を行い、3Heが含まれていることを証明しました。この結果は、3Heは安定同位体であるか、もし放射性同位体であるとしても半減期が極端に長いことを示しています(半減期がそれほど長くない同位体はどんどん減少してしまい、どこかで継続的に生成されていない場合、やがてなくなってしまいます)。

1939年、アルヴァレは原子量が3のヘリウムと水素の混合物を調べ、放射能をもつことを確認しました。3Heは上記の結果から安定同位体である可能性が濃厚であったため、トリチウムの方が放射性同位体である可能性が高まりました。

アルヴァレは続く1940年、重水に重陽子を照射すると、放射性の水ができ、それを電気分解した酸素は放射性をもたないことを確認しました。この実験でトリチウムが放射性同位体であることが確定しました。リビーの回想によれば、アルヴァレはリチウムに中性子を照射してトリチウムを生成して最終的な確認をしたようです。こうして、公式にはアルヴァレと共同研究者のコーノグがトリチウムの発見者ということになりました。

ちなみに、アルヴァレは素粒子の共鳴状態の研究でノーベル物理学賞を受賞した物理学者で、恐竜は隕石の衝突によって絶滅したと最初に言い出した人でもあります。

トリチウムの寿命は?

上記の1940年に行った重水に重陽子を照射する実験で、アルヴァレは生成された放射性同位体の半減期を測定しており、この時点では150日±40日と報告しています。

アルヴァレの実験からやや時間を溯った1936年、これまたバークレーに所属していたエドウィン・マクミランがある実験を行いました。以前からベリリウムに重陽子を照射するとベリリウムの同位体10Beができることが知られており、普通の放射性同位体の崩壊とは少々異なる(非常に長い?)半減期を示すのではないかと予想されていました。そこでマクミラン、はバークレーの加速器で中性子源として使われていたベリリウム・アルミニウム合金の塊を、加速器から取り出して調べてみることにしました(ベリリウム・アルミニウム合金の塊に重陽子を衝突させることで、中性子を取り出していました)。

その結果、測定してみたら確かに放射能がありました。そして、4ヶ月間の実験では検出器の誤差以上の低下は見られなかったことから、マクミランは10Beの半減期は10年以上ではないかと予想しました。この時点では理論と放射能でしか10Beの存在を確認していないので、いずれ化学的性質も調べてみるつもりであるとマクミランは述べています。

その後、マクミランが本当にその10Beなるものの化学的性質を調べたかどうかは論文を見つけられなかったので定かではありませんが、1940年にオニールとゴールドハーバーがその存在に疑問を呈しました。ベリリウムに重陽子をあてて生成した物質から出る放射線が本当に10Beによるものなのかどうか確かめるために、沈殿させてベリリウムだけにしてから放射線を測定してみたところ、全く放射線は検出されなかったと報告しました。オニールとゴールドハーバーは、実はベリリウムに重陽子を照射した結果、放射性のトリチウムが生成されていて、1936年にマクミランが測定したのはトリチウムの放射線ではないかと主張しました。

先に150日±40日とトリチウムの半減期を報告していたアルヴァレは、オニールとゴールドハーバーの主張を受けて追試を行いました。その結果、前回の実験で放射能が減衰したのは、実は実験装置の不備によりトリチウムを含む水が蒸発して拡散してしまったためであることが判明しました。そして、改良した装置で改めて測定したところ、5ヶ月経過しても放射能は衰えなかったことから、マクミランが10年以上と算出していたのはトリチウムだろうと、アルヴァレもオニールたちの主張に同意しています。

その後、1940年代末には12.46年と、現在の測定値である12.32年とそれほど変わらない数字が示されるようになりました。なお、10Beは後年その存在が確認されましたが、その半減期は約151万年と極端に長いものでした。

実は取れてた天然モノ

リビーは窒素に高速の中性子をぶつけるとトリチウムができることを発見しました。あまり半減期の長くない放射性同位体は、いずれ大半が崩壊して別の原子に変化してしまうため、天然にはほとんど存在しないものですが、大気に豊富に含まれている窒素と宇宙線が反応することによって、大気圏の上層でトリチウムが生成され、降雨によって地表に供給されているのではないかとリビーは考えました。

そこで、かつてラザフォードがノルウェーの企業に濃縮させたものの、トリチウムを見つけられなかった重水サンプルに、放射性物質が含まれているかどうか調べてみることにしました。その結果はというと、ラザフォードが濃縮させた重水は、1000倍希釈しないとガイガーカウンターでは測定できないほどの放射能をもっていました(当時のガイガーカウンターは放射能が強すぎるとまったくシグナルが出なくなるという問題がありました)。リビーは、長期にわたってこのサンプルの放射能に誰も気付かなかったことを不思議がり、ラザフォードの研究室には放射性物質がありすぎて、仮に倉庫でガイガーカウンターが反応したとしても、どれに由来しているのか分からなかったのではないかと推測しています。

生物学研究での利用

上記のラザフォードのサンプルの計測が、リビーの回想によると第二次世界大戦終了後ということなので、1945年代後半のことと思われますが、まだまだトリチウム自体の研究がそうやって進められている間にも、生物学研究への応用が始まっていました。研究を進めるために新しいツールを鵜の目鷹の目で探している研究者はどの分野にも必ずいるもので、早くも1951年にスローン・ケタリング研究所のパトリック・フィッツジェラルドが、トリチウムを生物学研究に応用し、最初にその有用性を紹介しました。

フィッツジェラルドによると、当時のラジオオートグラフィーを用いた生物学研究に使うには、比較的弱いβ線源である14Cや35Sでさえも、粒子が飛ぶ距離が長すぎて感光する範囲が広がってしまい、細胞内での物質の局在などを調べるには解像度が十分ではありませんでした。一方、トリチウムは崩壊エネルギーが低く、放出するβ粒子が飛ぶ距離も短いため、生物学の研究に十分な解像度を得ることができました。また、フィッツジェラルドは、水素がほとんどの有機化合物に含まれていること、14Cを用いた標識が困難な化合物でも、トリチウムであれば合成・標識が可能であることも、トリチウムの長所として挙げています。

なお、フィッツジェラルドが論文を発表した当時は、トリチウムは水爆の原料物質として規制がかけられていましたが、1953年のアイゼンハワー大統領の"Atoms for Peace"演説によって始まったプログラムにより、1955年には大学、病院、研究機関等でのトリチウム使用に関する規制が緩和され、研究現場でのトリチウムの普及に弾みがつきました。

ところで、どこに入ってるの?

紆余曲折を経た発見物語の末に、トリチウムで標識した化合物の合成が盛んになりますが、ところで、化合物のどこにトリチウムが入っているのか、という化合物の品質管理はどうやっていたのでしょうか?この品質管理に使う手法の開発には、前回もチラッと出てきたイギリスのThe Radiochemical Centreの研究者と、ロンドン近郊のサリー大学の研究者による共同研究が関与していますが、本稿でそこまで扱ってしまうと、息抜きと言うには重厚長大に過ぎるかと思いますので、最後にリビーの研究に関する逸話を紹介して終わりたいと思います。

How old are you?

実は、リビーは14Cを使った年代測定法の考案者で、その功績により、1960年にノーベル化学賞を受賞することになります。そんなリビーですので、降ったばかりの雨水にはもっとも多くのトリチウムを含み、時間が経つにつれて減ってゆくと考えると、年代測定屋の血が騒がないはずがありません。早速、雨水の年代測定でもしてみようと、地元紙のシカゴ・トリビューンに広告を出して年代の分かった雨水を集めようとしました。

しかし、よっぽど特殊な事情や嗜好でもない限りふつうの人が「Y年M月D日の雨水」などと分かるようにして保管しているはずもなく、集まった雨水の数は300以上と多かったものの、あまりにも採集地点がばらばらで、特定の場所の雨水のトリチウム含量を測定して検量線をつくる、という実験目的は達成できませんでした。

そんな行き詰まりを打開したのはアメリカ空軍で、フランス製のビンテージワインを10ケース送ってくれました。そのワインを分析したところ、20年前のワインに含まれるトリチウムの量は、1年前に製造されたばかりのワインの3分の1ほどで、リビーの計算通りの結果が得られました。その後、ワイン業者の協力もあって、2種類のフランス製ワインに加えて、アメリカ製ワインの年代測定結果も含めて1954年に論文が出版されました。ちなみに、リビー自身はあまりワインに詳しくなかったようで、ワインの選別はデービスのメイナード・アメリン教授に依頼し、論文でも謝辞を述べています(筆者もワインには詳しくないのでよく分かりませんが、アメリン教授はブドウとワインの研究では大変有名な方だったそうです)。

参考文献

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  15. Edwin M. McMillan, Biography(ノーベル財団)
  16. Willard F. Libby, Biography(ノーベル財団)
  17. What Killed The Dinosaurs?(バークレー)

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