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Dr. 近藤のコラム 2D-DIGEの熱い心
「二次元電気泳動法の標準化」

1. 二次元電気泳動法の標準化

ゲノム、トランスクリプトームの解析では標準的な実験法があって、ラボ間である程度互換性のあるデータを得ることができる。一方、プロテオーム解析には標準的な実験法がない。二次元電気泳動法、質量分析法といってもいろいろなバリエーションがあり、同じ名前の実験法であっても同じデータが期待できるという状況ではない。ゲノム、トランスクリプトームの解析において共通のプロトコールで実験をすることで異なるラボ間のデータを統合したりしているところをみると、プロテオーム解析でも同じようなことはできないものかと考えてしまう。特に臨床検体を用いた研究の場合がそうである。10~20検体くらいを使った実験を方々で独立して行っても意味のある結果を得ることは難しい。そうかと言って一か所でまとめて行おうとしても倫理委員会の手続きやプライオリティーの問題があってなかなか実現は困難である。せめて論文になっているか公開されているデータについては統合できるような研究環境であることが望ましい。そのためには「標準化」されたプロトコールで実験が行われることが必要である。

臨床検体を使わない研究であっても実験手法の「標準化」は容易に発生するアイデアである。自分のラボで何年も行っているユニークな実験方法を他のラボの方にも使っていただきたいというのは、健全な研究者であれば誰しもが考えることだろう。特にその実験方法が苦労して築きあげたものであればなおさらのこと多くの方に使ってもらいたいと思うのではないだろうか。プロテオーム解析の実験系の立ち上げにはかなりの費用がかかる。いろいろな試薬や機械を試してようやく完成した実験系はいろいろな研究目的に使いたいところである。この場合、「標準化」という言葉は適当でなくなってきて、「普及」とか「共有」の方がふさわしくなってくるのだが。

二次元電気泳動法の場合、「標準化」は容易なように思われる。使っている試薬や機械はごくありふれており、手法もよく知られているからである。筆者のラボの例で言えば、この8年間、毎年のように新しい方が実験に参加し短期間で技術を習得してデータを出している。ちまたでは二次元電気泳動法は難しいと言われているが、筆者のラボではごく普通の実験である。「普通」と言い切るまでにはたくさんの工夫を行ってきており、特にこの数年間でプロトコールは安定し、ほぼ完成の域に達している。この技術をより多くの方に使用してもらえればプロテオーム研究はもっと盛んになるのにと思わずにはいられない。「標準化」されたプロトコールでデータを集めることができれば、バイオマーカー開発ももっと促進されるだろう。

2. 標準化が進まない理由

しかしながら、二次元電気泳動法の「標準化」はいわゆる「絵に描いた餅」であって、現状ではまず達成されそうにない。どこに問題があるのかを考えてみたい。

まず、一番問題なのが、二次元電気泳動をすでに行っていてデータが順調に出ているラボにとっては、今さら他のラボのプロトコールに合わせて実験方法を変えるメリットがないことである。本邦だけを例にとっても数か所のラボでまったく異なるフォーマットで二次元電気泳動実験が行われている。それぞれに多くの研究者に技術指導を行ってきた経緯があり、また過去の実験で得られた膨大なデータの蓄積があるだろうから、誰かが標準的なプロトコールを提唱してもそれに合わせるメリットがない。自分が「標準化」のメリットを感じなければ他の人にすすめはしないだろう。すなわち、プロトコールを「標準化」することで誰しもが恩恵を被ることができるようなプランを提唱しない限り、「標準化」は受け入れられないだろう。

次に問題なのが、客観的にみて「標準化」するべきプロトコールが存在しないことである。「標準的なプロトコール」を標榜する前に、異なる研究施設の複数の研究者がそのプロトコールを試してみて再現性を評価するべきである。「名人」しかできない実験は論外だが、あるラボで複数の実験者の手でうまくいっている実験であっても、他のラボではうまくいかないこともあるだろう。それは実験者が無意識に行っている操作であったり、ラボの環境のせいであったりする。試薬のロットまでそろえないといけない実験なのか、ある部分は変更しても構わないのか、変更するとどれくらい結果が変わるのか、などのデータが必要である。また、市販されていない特殊な機械が必要なプロトコールは「標準化」は難しいだろう。あるラボでルーチンに使っているプロトコールであっても、それだけで「標準化するべきプロトコール」と提唱するのは早計であると言わざるを得ない。単一のラボから「標準化」を提唱する場合は、1000回くらいはそのプロトコールで実験をして、何人ものレベルの異なる実験者の間で再現性よく使えることを何年間かかけて確認してもらいたいものである。

最後に、「標準化」を進めることができるようなシステムが確立していないことも大きな問題である。電子ファイルとしてプロトコールを配布すれば誰でもマスターできるというのならば別だが、残念ながら二次元電気泳動法の場合、直々に教えてもらう方が効率がよい。二次元電気泳動法の手技の講習会は、学会やメーカーの主催で過去に何度も開催されている。筆者も旧アマシャム ファルマシア バイオテク社(現Cytiva社)の講習を受けたことがある。国立がんセンター着任当時、技術補佐員やリサーチレジデントとともに2D-DIGE法の1週間コースの講習会を受けた。サンプル調製から電気泳動、画像解析まで、たいへんよく準備された講習会だった。講師のプレゼンもよく練られており、このレベルの講習会を行うのは並大抵のことではないという印象だった。しかし、講習会終了後そのままスムーズに実験ができたかというとそうではなくて、大部分の内容を忘れていたし、ソフトの使い方などはその後何度も教えてもらうことになった。技術講習会はどうもフィードバックが大切なようである。教えて、やらせてみて、また同じことを教えて、とある程度の期間にわたって何度も繰り返さなければ講習会の内容が定着しない。ここで問題なのは、そこまで手間をかけてトレーニングすると、教えた側にどのようなメリットがあるのか、ということである。同じラボの中では実験ができるようになってもらわなければ困るので、周りの者は一生懸命に教える。しかし、他のラボの実験者に対しては同じような意味では真剣になれない。「標準化」のためのプロトコールを広めるためには標準化を推進する者にとってのインセンティブが必要なのだが、研究者がボランティア的に標準化を進めてもそれで論文が書けるわけでもなく研究費がとれるわけでもない。「標準化」を進めることが実施者にとってプラスになるような仕組みがなければ「標準化」は進まないだろうと考えると、現状では研究者が個人レベルで行えることではないような気がする。

3. それでも標準化が重要な理由

障害は多々あるものの、それでも二次元電気泳動法の「標準化」は重要である。

まず、これから二次元電気泳動法を始める方にとっては、もっとも信頼できる「標準化」プロトコールから実験を始めることができるメリットは大きい。二次元電気泳動法は長い歴史があるだけに、さまざまなプロトコールで行われてきた。中には適切でないプロトコールもあるだろう。この方法でやれば絶対に間違いがないとお墨付きの方法があれば最小限の投資であまり苦労することなく本来の研究に集中できる。言うまでもなく二次元電気泳動法はただの技術であって、それを行うこと自体が目的なのではない。データが出さえすれば手法の原理や細かいことなどどうでもいいのであって、できるだけ早く本来の目指すべきところで成果をあげられるようにしたいものである。

次に、二次元電気泳動法で苦労している研究者の方にとっても、「標準化」されたプロトコールは朗報だろう。ずいぶん時間も研究費も費やしてしまって今さら後に引けない、という状況もどこかにあるかもしれない。「標準化」プロトコールを使う限りにおいてはそれを提唱した研究者に聞けば問題点が明らかになるということもあるし、今までのプロトコールを思い切って変えるときでも、実績のある「標準化」プロトコールであれば踏ん切りがつくというものである。

すでに二次元電気泳動法で実績を挙げている研究者にとっても「標準化」プロトコールの存在はありがたいことである。今までの手法を捨てることはないのだが、ラボ間でデータを共有できるようなプロトコールで手持ちのサンプルを解析しなおすことで、新しい発見があるのではないだろうか。

4. 国立がんセンターの「標準化」への貢献

二次元電気泳動法を使って臨床検体の解析をしている筆者は「標準化」にとりわけ関心がある。バイオマーカー開発においては「標準化」されたプロトコールの普及は検証実験の段階でメリットが大きい。筆者のラボでは特に対象を定めずに可能な限りあらゆる悪性腫瘍を解析したいと思っているので、データを共有できる可能性のあるラボは多いと考えている。これから二次元電気泳動法を始める方もすでに始めている方も、共通のプロトコールで実験を行ってデータを集積できるような研究環境を全国的に構築できないものかと思っている。

「標準化」のメリットとしてまず提案できるのがタンパク質の同定結果である。質量分析によってスポットに対応するタンパク質の同定は技術的に容易になったとは言え、どのラボでも同じレベルで実験ができるわけではない。質量分析装置がないところもあるだろう。筆者のラボでは3台の質量分析装置(2台のLTQと1台のLXQ)が24時間フル稼働で同定実験を行っている。そのデータをGeMDBJ Proteomicsという公開データベースで無料公開している。12月15日の時点で公開している同定結果は2000スポットを超えた。GeMDBJ Proteomicsは11月末に臨床検体の2D-DIGE法の実験データをアップした。食道がんとユーイング肉腫のデータである。来年は肺がん、大腸がん、肝細胞がん、胆管がん、悪性胸膜中皮腫、骨肉腫など、さらにデータを追加する。筆者のラボのプロトコールで二次元電気泳動法を行えば、公開されたデータをそのまま自分の実験の参考にすることができる。同定実験は結局は自分で行う必要があるだろうし、発現データも自分で確認する必要があるだろう。しかし、公開されたデータを参考にできるメリットは大きい。かつてここまでの規模で同定結果と発現量のデータを無料公開した二次元電気泳動法のデータベースは存在しなかった。

ラボで開発したプロトコールはできるだけ詳細に論文で発表したし、Cytivaの厚意で連載の場も与えられている。しかし、これだけで「標準化」が達成されるとは思っていない。本連載にあたってあらためてプロトコールを見直してみると、当初思っていた以上にノウハウの蓄積がラボ内にあったようで、書ききれなかったことも相当ある。これからはより詳細なプロトコールを公開すると同時に、機会をみつけて講習会なども行えればと思っている。

5. 標準化に必要なもの

「標準化」はよいプロトコールがあったとしてもすぐに達成されるようなものではない。普及には時間がかかるし、適切なトレーニングの場を設けることもなかなか難しい。何年もかけて取り組んでいるうちに少しずつノウハウを共有し、「標準化プロトコール」らしいものができあがっていくのかもしれない。

「標準化」の議論にあたっては、似たような実験手法について自分の方法が優れていると主張するわけだから、いろいろ感情的な問題が発生することがあっても不思議ではない。そうかと言ってあまり周りのことを気にしていても意見の交換ができない。実験デザインから始まって、サンプリング、電気泳動、解析、タンパク質同定まで、指導的立場にある方々が一同に意見を集積し、どこに共通点・相違点・矛盾点があるのかを話し合うような場を設けることが「標準化」には必要なのかもしれない。まずその前に何のために「標準化」が必要なのかの議論から始めないといけない。これもまた難しい問題である。


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