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Location:Home実験手法別製品・技術情報タンパク質サンプル調製・前処理

第2章
サンプルの採取、安定化およびタンパク質抽出(4)

タンパク質の可溶化 (1)

細胞は数千から2万種類のタンパク質を発現し、それぞれ細胞内分布、微小構造内分布、荷電、分子量および疎水性が異なるなど、生物サンプルのタンパク質組成はきわめて複雑です。タンパク質はさまざまなレベルで発現し、さまざまな翻訳後修飾を受けます。細胞に存在するタンパク質は、タンパク質複合体を形成していたり、細胞のさまざまな構成要素と結合したりしています。細胞質内のタンパク質は、細胞内を移動できるということから一般に「可溶性」であるとされます。

どのようなタンパク質混合物でもその可溶化は最終分析に影響するため、きわめて重要です。網羅的タンパク質分析の場合、最善の結果が得られるよう、高い再現性を持って、できる限り多くの目的タンパク質を可溶化します。遺伝子組換えで生成されたタンパク質を扱う場合、目的タンパク質の可溶性を最大限に高めると同時に夾雑物の可溶性を最小限に抑えることが目標となりますが、再現性も同様に重要です。

ほとんどの場合、他のタンパク質、脂質または核酸との相互作用を防ぐ必要があります(ただし、実際の目的が相互作用の評価である場合を除きます)。可溶化ストラテジーは、ワークフローの他のステップに合わせて適切なものを選択します。タンパク質の機能分析や、ワークフロー中の他のステップとの適合性分析が目的である場合、タンパク質のフォールディング状態を維持することが不可欠となることがありますが、非変性タンパク質のみを抽出しようとすると必然的に抽出効率が低下します。実際、巨大分子集合体の中で結合状態にあるタンパク質間の相互作用を断ち切ってタンパク質を遊離させることが、抽出の効率を決める1つの要素になります。したがって、タンパク質の可溶化を最大限に高めるには、多くの場合、ある程度の変性条件が求められます。

タンパク質抽出液の調製を適切に行うには、十分な可溶性をもつタンパク質を供給源の物質から遊離させます。このとき、ワークフローの後続のステップに適合するようにしながら、不要な化学的分解や立体構造の変化を避けることが必要になります。タンパク質の供給源が細胞または組織である場合、タンパク質抽出液の調製に以下のステップが必要となります。

ホモジナイゼーション-可溶化-安定化

適切な破砕法と抽出バッファーを選び、タンパク質の修飾を避けるストラテジーを採用して、これらのステップを同時に行うと理想的です。抽出は、一連の実験に使用するすべてのサンプルについて正確に同じ方法で行う必要があります。

表2.2に示すように、タンパク質を安定化/不安定化させる要因の一部が可溶性に影響します。温度と水和を除けば、静電相互作用、疎水性相互作用および水素結合相互作用が可溶化に強く影響します。

抽出/可溶化バッファー

通常、抽出/可溶化バッファーにはバッファー基質、塩および添加剤(界面活性剤、尿素など)が含まれています。抽出/可溶化バッファーの実際の組成は供給元物質とワークフローによって異なります。多くの場合、安定化剤も添加されます。抽出/溶解バッファーの成分に関するいくつかの考慮事項について以下に説明します。

バッファーと塩

可溶性を決める主な要因は、水溶液中の荷電残基に曝露するとイオン化するアミノ酸側鎖の存在などの静電的要因です。一般に、タンパク質の可溶性は、固有のpIとpHとが等しい場合に、もっとも低くなります。サンプル中に含まれるさまざまなタンパク質のpIと分子量は正規分布しません (11)。大半のタンパク質は、それぞれpH 5.5と9.5をpIのピークとする2つの大きなクラスターのいずれかに含まれますが、pH 7.8とpH 12にも小さいピークが見られます (12)。生理学的なpH範囲に相当するpH 7と8の間にpI値が入るタンパク質は比較的少数です。

サンプルの調製中、塩の濃度と種類、pHと温度、または添加剤の種類と濃度を制御しなければなりません。塩の種類がタンパク質の可溶性に及ぼす影響については、Hofmeisterが1888年に最初に報告しました。Hofmeisterは数種の陰イオンと陽イオンについて、卵白タンパク質を沈殿させる能力に従ってランク付けを行いました。以下に、ホフマイスター系列(または離液系列)に従って、数種の陰イオンと陽イオンの塩折能を示します。

陰イオン SCN-
(チオシアン酸塩)
< ClO4-
(塩素酸塩)
< NO3-
(硝酸イオン)
< Br-
(臭素イオン)
< Cl-
(塩素イオン)
< CH3COO-
(酢酸イオン)
< SO42-
(硫酸イオン)
< PO43-
(リン酸塩)
  塩溶                            塩折
陽イオン グアジニウム < Ca2+
(カルシウムイオン)
< Mg2+
(マグネシウムイオン)
< Li+
(リチウムイオン)
< Na+
(ナトリウムイオン)
< K+
(カリウムイオン)
< NH4+
(アンモニウムイオン)
   

ホフマイスター系列のいずれかの端に位置するイオンは、タンパク質の立体構造の安定性に対し大きく影響する可能性があります。塩折効果のあるイオンは表面張力を増大させ疎水性相互作用を強めるため、タンパク質の沈殿に使用できます。塩溶効果のあるイオン(カオトロープ)は水のエントロピーを増大させ、疎水性相互作用を弱め、タンパク質を変性させる可能性があります。非電解質も塩折または塩溶効果を示すことがあり、例としては尿素(塩溶)や炭水化物(塩折)が挙げられます。

タンパク質を可溶化するには、一般に上記系列の中間の化合物または塩溶効果のある化合物を選択します。例えば、濃度0.15 Mの塩化ナトリウムのpHは生理学的状態に相当する7.4であり、非変性抽出に使用できます。

バッファーは、pHを制御しpHの変化からタンパク質を保護するために使用します。バッファーは、pHが固有の酸解離定数(pKa)±0.5の範囲にある場合に、もっとも効率が高くなります。バッファーの緩衝能はpHの変化からの保護能を示す指標であり、一般にバッファー濃度によって異なります。通常、濃度25~50 mMのバッファーであれば十分です。バッファーの特徴を決めるのは、pKa値、pKa/温度関係(ΔpKa/℃)、電荷、可溶性および他の特性(金属イオンとの結合、一級アミンなどの反応基、揮発性など)です。広く使用されているバッファーを表2.5に示します。血液のpHは、生理学的pHと呼ばれることが多く、通常は7.4前後です。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)は生理学的バッファーとして広く使用されています。PBSの一例を挙げると、140 mM NaCl、2.7 mM KCl、10 mM Na2HPO4、1.8 mM KH2PO4を含むpH 7.4の溶液です。

表2.5 広く使用されているバッファー

名称 pKa (25°C) バッファーレンジ ΔpKa /°C
Phosphate1 2.11    
Glycine 2.39    
Citric acid1 3.13 2.6-3.6 -0.0024
Formic acid 3.75 3.8-4.3 0.0002
Lactic acid 3.8    
Gamma-aminobutyric acid (GABA) 4.07    
Acetic acid 4.76    
Propionic acid 4.83    
Histidine 6.04    
2-(N-morpholino)ethanesulfonic acid (MES) 6.1 5.5-6.7 −0.011
Bis-Tris 6.5 5.8-7.2  
N-(2-Acetamido)iminodiacetic acid (ADA) 6.59 6.0-7.2  
Piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid) (PIPES) 6.76 6.1-7.5 −0.008
N-(2-Acetamido)-2-aminoethanesulfonic acid (ACES) 6.78 6.1-7.5  
3-(N-Morpholino)-2-hydroxypropanesulfonic acid (MOPSO) 6.9 6.2-7.6  
Phosphate2 6.95    
N,N-Bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonicacid(BES) 7.09 6.4-7.8  
3-(N-morpholino)propanesulfonic acid (MOPS) 7.2 6.5-7.9 −0.015
N-Tris(hydroxymethyl)methyl-2-aminoethanesulfonic acid (TES) 7.4 6.8-8.2 −0.020
4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonicacid(HEPES) 7.55 6.8-8.2 −0.014
Triethanolamine 7.76 7.3-8.2  
3-[4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazinyl] propanesulfonic acid (EPPS) 8 7.3-8.7  
Tricine 8.05 7.4-8.8 −0.021
Tris 8.06 7.5-9.0 −0.028
Glycylglycine 8.21 7.5-8.9  
Bicine 8.35 7.6-9.0 −0.018
N-Tris(hydroxymethyl)methyl-3-aminopropanesulfonic acid (TAPS) 8.43 7.7-9.1 −0.018
Morpholine 8.6    
Taurine 9.02    
Boric acid 9.2    
N-Cyclohexyl-2-aminoethanesulfonic acid (CHES) 9.49 8.6-10.0  
Ethanolamine 9.54    
3-(Cyclohexylamino)-2-hydroxy-1-propanesulfonic acid(CAPSO) 9.6 8.9-10.3  
Piperazine 9.73    
Glycine 9.74    
N-cyclohexyl-3-aminopropanesulfonic acid (CAPS) 10.4 9.7-11.1  

1 pKa1
2 pKa2

>>タンパク質の可溶化 (2)

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